東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学専攻 公衆衛生学分野

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2008年度(平成 20年度)公衆衛生学教室同窓会総会

会長挨拶

 どうも皆さん、今日は大勢の方にお越しいただき、有難うございます。懐かしい方々にも久しぶりにお会いできて、大変うれしく思います。 それでは恒例によりまして教室の1年を振り返ってみたいと思います。

 この1年を振り返るとなりますと、先ずは自分の身に起こったことを申し上げるべきかと思います。すでにご存じの方も多いのですが、この7月・8月に生まれて初めて入院生活というものを体験してしまいました。
 私は、これまで特に病気らしい病気をしたことがなかったのですが、6月下旬ぐらいから動悸、労作時の呼吸困難を自覚するようになりました。それが徐々に強まってきて、特に7月7日あたりは、研究室から大学病院までも休み休みじゃないと行けなくなりまして、循環器内科の先生に診てもらいました。すると、胸の写真を撮ったら胸水がたまっている。心エコーをしたら心のう液がたまっている。これは大変だということで7月10日に入院になった訳です。精査の結果、好酸球が増えて胸膜・心外膜・心筋で炎症を起こしていることが分かりました。
 それで7月16日にプレドニン投与が始まりまして、それからトントン拍子に良くなりました。数日で好酸球はなくなり、心のう液もなくなって、症状も消失しました。とは言ってもプレドニンが相当量入っていますので、感染症の予防が大事だということで部屋から出してもらえません。それで8月の1カ月間は個室でのんびりと暮らしていました。仕事もそれなりにしながら、ふだん読めなかった本、主に古典ですが、読みまくりました。それはそれで、いい夏休みだったかなとも思っているのですが、そんな呑気なことが言えるのも、教育研究では栗山准教授を始めとする教室員が、そして事務方では仲田さんを始めとする秘書さんたちがカバーしてくれたからでありまして、改めてみんなに感謝したいと思います。それで9月から勤務を再開して、今は普通にしております。10月末から上京も再開しまして、プレドニンの投与量も大分下がってきて感染リスクも気にしなくてもいいレベルになりましたので、順調に経過しています。どうぞご安心ください。

 それから、教室全体の話をしますと、助教の中谷君が一応退職しまして、デンマーク対がん協会に留学しています。その後を埋める形で寶澤君が戻ってくれまして、彼はここの大学院を修了してから米国に2年間留学し、そして滋賀医科大学の特任助教となり、それぞれの場で非常にいい仕事をして、疫学会全 体の中でも注目されている若いホープにまで成長してくれました。そして今回、帰ってきてくれて、非常に頑張っています。今後が楽しみであります。ちなみに、中谷君の近況ですが、写真が送られていますので、紹介したいと思います。これが彼のオフィスです。キレイに使っていますねえ。これはご家族で写真を撮ったものですけれども、友達の結婚式に呼ばれた時と聞いています。実に楽しそうで、羨ましくなるような写真です。

 さて恒例のベストペーパー賞の発表です。この1年間で最もインパクトファクターの高い雑誌に掲載されたペーパーですが、Strokeという雑誌に掲載された栗山先生のペーパーで、モヤモヤ病に関する全国調査の結果を取りまとめたものです。吉本・東北大学前総長がモヤモヤ病の研究班長をされていたときに、疫学的な研究を行うように命じられて、全国調査を行った訳です。全国の医療機関にお願い状を出して、回答を集計してという、非常に手間暇かかる大変な作業でした。その作業を栗山先生にお願いした訳です。そもそもモヤモヤ病というのは栗山先生個人の専門分野でもないし、負担をかける訳だったのですが、だからこそ彼に「これを雑用にしないでくださいね」と言いました。
 ここでいう雑用とは何か? 論文化されない作業のことを雑用と、言った訳です。ですから、「雑用にしないで」ということは、きちんとペーパーにして下さいということです。常に肝に銘じていることですが、あらゆる仕事は論文として実らせなければならない、雑用に終わらせてはいけないということです。実はモヤモヤ病の全国調査は、これまで3回行われていますが、そのうち2回は論文になっています。とは言え、日本語の論文ばかりでした。それをちゃんとうまく分析して、メッセージもきれいに出して、そしてStrokeという一流誌に載せた訳です。下手すれば雑用で終わったかもしれない仕事が、彼を代表する業績の一つになったのです。このような一見雑用のような仕事が、もし皆さんに降ってきたとしても、そのときにはやはり、栗山先生みたいに絶対に雑用にはしないという覚悟で頑張ってください。論文にならない仕事など、ありませんから。ちゃんとした論文にして、こういうふうにベストペーパーになることを、皆さん肝に銘じてこれからも頑張っていただきたいと思います。
 それと今回は、もう1人に特別賞を上げようと思いますが、それは柿崎さんです。彼女はこの1年間で3つのペーパーを出しました。パーソナリティとBMIとの関連でJournal of Psychosomatic Research、睡眠時間と前立腺がんとの関連でBJC、睡眠時間と乳がんとの関連でまたBJCということで、インパクトファクターの合計が11点でした。大学院生が在学期間を通じて3本、4本書いたというのは、今日来ている大久保先生や寳澤先生もやっていたと思いますけれども、1年で3本出して、しかも合計で10点超すというのは柿崎さんが今回初めてではないかと思います。だんだん教室のレベルが上がっている証拠ですね。その一つの到達点ということで、特別賞を上げたいと思います。
 新人紹介ですが、博士課程は3人で、永井君が宇都宮大学修士課程から入学して、肥満の疫学を研究しています。星君は公立高畠病院に勤務しているPTで、毎週通っています。新田さんは薬剤師で、加齢医学研究所の老年研究部門から来ています。また、修士課程は菅原さんです。透析の技師でしたが、病気 の予防をきちんと学びたいということで来ました。皆さん、非常に熱心で有望な人たちばかりです。特に有望なのは永井君で、彼は日本学術振興会の特別研究員に内定しました。つまり来年から3年間、生活費と研究費をもらえるということで、普通の大学院生よりワンランク・アップしています。特別研究員を在学中にもらうのは永井君が初めてのことで、本当にうれしく思っております。

 最後にまた私自身の病気の話に戻りますと、プレドニンが効いてきて自覚症状がなくなってからの入院生活というのはすごく暇だったので、色々な本を読むことができました。昔読んだことのある本で今回また読んだのは、この本1冊だけでした。それはノーマン・カズンズという人が書いた「Anatomy of an Illness、病気の解剖」という本です。この方は戦後しばらくの期間、アメリカを代表するジャーナリストで、彼の言動は世界中に大きな影響を及ぼしていました。日本との接点で言えば、原爆の被爆者だった女性を何人かアメリカに連れていって治療したこと、つまり原爆乙女のお話でよく知られているそうで す。
 この方は1970年代に強直性脊椎炎を発症しまして、多くの医師から不治の宣告をされたそうです。だったら自分の好きなようにさせてくれということで、彼はビタミンCを点滴で大量に入れ始めたのです。そして、病室に映画の機械を持ち込んで、色々な喜劇やコントを1日中ずっと見続けて、笑い続けたのです。その結果、薬は一切使わないでも半年後、彼は全快してしまった。
 そこから彼が得た結論とは、明るくポジティブな気持ちをもつことが病気の回復に重要であるということでした。その経験をNew England Journalに発表するや、医学界に大反響が起きて、3万人を超える医師から手紙が来たそうです。そういったことをまとめたのが、この「Anatomy of an Illness、病気の解剖」という本なのです。これは1979年に出版されまして、全米ベストセラーになりました。ちょうど私は1980年にカリフォルニア大学に留学しましたが、みんな読んでいて、そして公衆衛生学の講義の教材にも扱われるような、そういった書物でした。日本語版は、岩波現代文庫から「笑いと治癒力」というタイトルで出ています。
 笑いとビタミンCで難病を克服したなどというと、「プラセボ効果ではないか」と多くの人は思うでしょう。ノーマン・カズンズ自身も、そのことは否定していません。病気の体験を第1章に書いたうえで、第2章にプラセボについて深く考察しています。彼の結論は、プラセボというのは決して前近代的でもなければ否定すべきものでもない、むしろプラセボ効果は医師・患者関係が成熟したときに起こるというものです。その根拠を数多く示しており、興味深いものがあります。そういうことを言った後で第3章では、だからといってそのような効果を過信してはいけないとして、いわゆるホーリスティック・メディシンを批判するなど、バランスのとれたことを書いています。
 この本の結論として彼が言っていることは、「生への意欲というものは、単に理論的な抽象的なものではなくて、むしろ治療的な特徴を持つ生理学的な実存である」ということ、つまり患者を治療するうえで生きる意欲は非常に重要な要素であるということです。そして「医師の最大の任務とは、患者の生への意欲を最大限まで励まし、力づけ、そして病気に対する心身両面の自然の抵抗力を総動員させることである」ということです。今回、私自身、患者を経験してみて、生への意欲、そして医師の任務について深く考えるところがありました。この本は30年前に出されたのですが、少なくとも日本の医療にとっては実に現代 的な意味を持っているものだと痛感した次第です。
 そして、もう一つ思ったことは、心というものは身体の健康に様々な影響を及ぼすということです。もともと私どもの教室でも、深尾先生が作られた宮城県コホートで、坪野先生・中谷君がパーソナリティと発がんとの関係を研究して、そして中谷君は、その後もサイコオンコロジーの分野を大きく拡げ、また柿崎さんもパーソナリティとBMIとの関連で論文を発表し、最近では曽根君が生きがいのある人はない人に比べて死亡リスクが低いことを論文にしました。このように、パーソナリティとか生きがいといった一般的な心理要因が身体の健康や寿命そのものに大きな影響を及ぼしているということを、我々は解明してきたわけです。生活習慣の健康に対する影響という研究も、もちろん大事です。ただ、生活習慣は決して独立して存在するものではない。生活習慣の実践あるいは選択というもの、その背後には精神的な要因、社会的な要因など、様々な要因が関わっているのです。そういった意味で、心理疫学や社会疫学につながるのです が、これからは心理や社会に関わる研究も大事にしたい、なぜなら公衆衛生の原点というのは一人一人が心身ともに健康で暮らせる社会を目指すことなのだから と、改めて病室で考えた次第であります。
 その意味で、なかなか得がたい2カ月だったと思います。本日申し上げたような感じで、今後の自分自身の健康管理、そこから敷衍させて公衆衛生のあり方、そのようなことを考え続けたいと思っておりますので、またどうぞよろしくお願いします。

どうも有難うございました。

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